バロネス・シライ

 前世紀半ばに産み落とされた白井詩乃またはバロネス・シライは七十年の天命を全うし、途上奇抜な事績をあげることとなった。職業的探偵でないにもかかわらずとりわけ前半生において多数の、それも探偵小説的な、殺人事件に遭遇または介入し、うち6件で真犯人を名指したのだ。彼女の事件への参画と真相探究が常に必然的だったわけではなく、下品な出しゃばりという世評を覆しえない数件を含むにせよ、ひとまず一般的な同情と、人格と別に技能への称賛は、集めてしかるべく映る。けれども実際には彼女の頭脳についてさえ、事績にみられる顕著な特徴のために、むしろその偏頗性への仄かな嘲笑とともに人口にのぼったと表現するほうが正確だろう。白井が説いた6件の真相及びその他複数の事件で与えた重要な示唆は、ある1点において非現実的に単調だったのである。即ち彼女が啓示しつづけたのは死の誤認﹅﹅﹅﹅だった。

 齢十五で最初の殺人、招かれた友人邸において友人の父たる草壁冬哉の死に遭遇した白井詩乃は、ただちに被害者の誤認を解き明かし、実は生きていた冬哉を真犯人として司直に突き出す。爾来彼女は殺人者と被害者の入れ替わり、あるいは事件発生前の死の偽装ばかりを指摘した。生涯二桁の殺人に遭遇することはありえても、うち6件以上で真相と称して例外なく死の偽装ばかり縷説すれば、妄想癖を疑われないほうがおかしい。だいたい死の偽装など、下手げしゅの隠蔽それ自体とは別に生きてある己の所在をどうにかする手間がまるまる発生する悪手であって、次の犯行もしくは失踪のための時間稼ぎにしかならないのではないか。であれば犯人自身にさえそのうちばれることを想定された、しかもそれにしたって解明後人づてに聞けばかかる手をとる犯人の理性を侮りたくなるような工作を、しかつめらしくほどいてみせる白井の頭脳がいかほどのものか、二十二、三のころには邪気ある目くばせを伴うわざとらしい讃嘆が彼女を取り巻いたのも、見方によっては自然であった。

 偽装の判明が考慮されているとは機を逸した判明では何ら事態の解決に寄与しないということでもあって、白井が事件解決者としての事績を打ち立てた一因は、その異様に迅速な偽装指摘にある。殺害発覚や否や関係者の沈痛を踏みにじる早さで詮索を開始し、しばしば遺族のまえに死者を生き恥曝した犯人として据え、真相開陳ののち即座に公僕の手に引き渡した。情のない振る舞いは計画途上の犯行を解体する締まりのなさもあいまって無粋の評判を高め、他方無粋の本丸たる公僕にも勝手をやらかす女として印象がよいはずはない。何より白井の探究結果の偏頗性が傍若無人な動機を世人に確信させており、縁のない事件に首を突っ込んだ挙句死に疑いないことのみを宣告して以後放置したとか、遭遇した事件に死の偽装がなかったときは推論しようとさえしなかったとか、まことしやかな噂が流れた。

 実のところ後者の噂は事実に基づくといわねばならない。事件発生時、白井の存在に懸念を抱く遺族に〈一度死んだ者は生き返りません〉と返答したほか何も発言しなかったという。その生の中盤以降、ときたま殺人に際会しても白井に新たな事績が加わることがなかったのはこのためだ。偽装された死者の復活を追う際の破壊衝動めいた鬼気とは対照的に、白井は他のおおよその事物に深く関わろうとしなかった。人と交わらず一所に定住もしないその生活態度の基盤を成していただろう資産を彼女がどうやって得ていたのか、出所として一般には成人後没交渉になったと伝わる白井の生家や社交界における彼女の庇護者となっていた皆川家の名が取り沙汰されるが、詳細は不明である。

 最後の事件からすでに十二年を遠ざかっていた白井は皆川家別邸を訪問中の晴れた午後、未亡人との喫茶歓談中に体調を崩して、庭の見える寝台で息を引き取った。若き日の不幸にもかかわらずその優美な人格によって多くの友好と尊敬を集めた皆川未亡人旧姓草壁時子は、その弔辞で白井に、自身最大の友であったという極めて個人的な称賛を寄せている。