白昼夢通信

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする……内に巣食う厭悪が人を取り殺すものならば、早く私自身だけを取り殺してくれればいい。生きながらえれば秘め損ねたこの厭悪は、他人を取り殺してしまいそうだから。…… ☆ くるみさん お元気です…

何らかの意味で悪である

好(す)きにならなきゃいけないと思(おも)ってつらかったんだね*1 以前先達に、創作を続けてね、と言われたことがあり、あれはどういう趣旨だったのかと甘えた質問をしたことがある。覚えはないけれども私が人にそう言うなら、と前置いて、君は自分の作品に必…

受粉の季節

受粉の季節がやってきて、もちろん他の時期にもそれぞれ受粉をする多くの植物がいるのだろうけれど、私に感受できるのは大半この頃に飛ぶ花粉らしい。植物は交接のため突端に粉を生じ、気流に乗せて頒布する。浮遊のはて、仲間の花に吸着すれば交わり子を殖…

張り出し塔で耳は(ディラン・トマス)

EARS IN the turrets hear Hands grumble on the door, Eyes in the gables see The fingers at the locks. Shall I unbolt or stay Alone till the day I die Unseen by stranger-eyes In this white house? Hands, hold you poison or grapes? Beyond this…

詞華集3

神とか信仰について語る資格が私に与えられているか知らないが、私がいつもあたたかに思い返すのは次の挿話だ。 これは、ペルシア戦争のときに、ペルシア軍の侵入を危惧するデルフォイの人々に対して、神託が答えたことと一致している。デルフォイの住民は、…

五七五2

魂に絶縁状のフオウマツト 左目が肉はないのに羽ばたくよ くちなはの口が目玉の速射砲 脳の奥を頻りにさぐる鉤爪がある 些細な風に散る雪は脆き数珠 引き出だせばふるへてひかる踊り食ふ くちびるを尖らせて吐いた薄字を固定 橋といふ闊歩されゐるアイライン

「しるし」あとブニュエル

楽曲を聴きながら清酒を飲んでいる。 しばしばRYUTist「しるし」(作詞・作曲・編曲=パソコン音楽クラブ)を聴いている。こういう言い方はそれまでの時間を待機にしてしまうようで紹介とするには不適切なのだけど、特に全体4分のうち2分7秒頃から始まるなん…

意志や倫理についての雑な話

今日の記事は粗雑で意味の通らないものになるだろう。問題にしたいことにまったく私の言葉が追いついていないからだ。といって問題にしたいことがなにか高度な問題というわけではない。ただ私の言葉が追いつかない。 私はひとつの物語を寓話として好んでいた…

供養会8つ

かつて書きあがらなかった記事たちの残骸をいくつか公開する。供養というか、執筆継続が生む追善によってのみこれらの記事は成仏できようところ、それを手放して楽になるために公開するのだから、ただの遺棄だとは思う。掲載順と執筆順は特に対応していない…

人のふんどしで相撲をとる:30 Day Short Song Challenge

1日でやる(小説) - タイドプールにとり残されてに倣って、短歌でやってみます。 Day 1: A song you like with a color in the title Day 2: A song you like with a number in the title Day 3: A song that reminds you of summertime Day 4: A song that…

私をつくった10冊あるいは10節

どれほど違いがあるかは別にして、題に従うなら〈最愛の〉でも〈お勧めの〉でも(どうやら〈私をつくる〉でも)ないらしい点は一応触れておきます。冊子形態にこだわらない点を除き、できるだけ題に即したつもりです。有用性は仮想二題の方が高いでしょうが…

非現実より反現実を:中井英夫『幻想博物館』

【文章を生めず、また強いて生もうとしても取材の発想が言語に閉じ籠るので自分で辟易していたのだが、そういえば私には旧稿の転載という手段があったのを思い出して、久しぶりに転載する。書評対象は中井英夫『新装版 とらんぷ譚Ⅰ 幻想博物館』講談社文庫、…

詞華集2(ナボコフ『ロリータ』)

「だめ。全く問題外。[中略]つまり──」 彼女は言葉を探した。私は頭の中でその言葉を見つけてやった(「あたしの心をめちゃめちゃにしたのはあの人(﹅﹅﹅)なの。あなた(﹅﹅﹅)はあたしの人生をめちゃめちゃにしただけ」)。*1 "No," she said, "it i…

韻文

考察のために色々復習してたときに思ったけど、ちとせストーリーコミュのこの辺の蘭子の言葉ってカッコの中で読んじゃダメな気がする。蘭子がここでちとせに伝えたいのは蘭子語の方だと思う。蘭子のアイドル観と言うか。 pic.twitter.com/3BDvJz0yXY — バチ …

五七五

青い眼で罵っている甲子園 雑踏に猫の目ばかり光りたり 砕いても砕いてもゼリーはゼリー 眼に映りそののちを画は憑き纏う 遊ぶうちふいに玉割(たまわ)る夫姓(おっとせい) 眼鏡(がんきょう)が目を失ったまま歩く 裏返りけれども落ちてこない河 魂(たま…

千反田えるのこと

高校を舞台にした青春ミステリー小説『愚者のエンドロール』のなかで、登場人物の女生徒・千反田えるが、学友にミステリーの読書歴を問われて次のように答える。 「わたしは、読みません」 [中略] 「全く、全然?」 「わたしはあまりミステリーを楽しめな…

他者がいるという姿勢で

先生、 という呼びかけから書き出すことで、ようやく近来の不調が晴れて少しは健やかに言葉を綴れそうな気がしています。嬉しいことです。具体的な他者と少なくとも意識的には結びつきをもたないこの宛名が必要だったのは、つまるところ丁寧文末を用いるため…

子どもども

平日の朝にすごい数の子供が湧いて出て、赤や青やの革製背嚢(ランドセル)を負いつつ尽きるともない幾筋をなして進んでいく。それがもうしばらくの間、私が居住家屋を出るたびに続いている。現実味のない光景だ。私の住む国にもうそれほどの子供はいない気…

近況

書いたり話したりできない。書き出せないわけではなくて、書こうとしていることはあるのに、運ぶことができない。全てにおいて膂力がない。 割と前からなのでそんなに心配することでもないかもしれない。 【同日追記】 創元推理文庫のマーガレット・ミラー『…

春はとっても遠いとおもう(永井祐と倉橋由美子)

【ちょっと前までいくつか記事の下書きを試みていた覚えもあるのだが、どうも更新の見込みが立たないので(為すべき多くのことが出来ていない)、例によって転載でお茶を濁すことにする(一部表記等を修正している)。これは従前転載してきた書評と若干切り…

バロネス・シライ

前世紀半ばに産み落とされた白井詩乃またはバロネス・シライは七十年の天命を全うし、途上奇抜な事績をあげることとなった。職業的探偵でないにもかかわらずとりわけ前半生において多数の、それも探偵小説的な、殺人事件に遭遇または介入し、うち6件で真犯…

詞華集1

慄然とする暇もなく、坊やは無事なことが分かりました。まさに危機の一瞬に、ちょうどヒースクリフが真下にさしかかったのです。彼は落ちてきたものを反射的に捕まえると、立たせてみてから、こんな事故をひきおこした主は誰なのかと、上を見ました。 宝くじ…

線を何度でも引き直す:こうの史代『夕凪の街 桜の国』

以下の書評には作中の重要な展開に触れる部分がある。可能であれば、なにもこの書評を読むことはない、とにかく本書を紐解いてほしい。 わずか百ページ。書名にある2作(うち「桜の国」は2篇に分かれているので、全3篇構成)の漫画が収められているから、…

脱臼したような:川端康成『雪国』

押すに押されぬ著名作なので安心してふっかけることができるのだが、この作品のよく知られた冒頭は、どうもおかしくはないだろうか。 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」 改案。「長いトンネルを抜けると夜の底が白くなっ…

たしかに二つも入ってゐる:エミリ・ブロンテ『嵐が丘』ほか

声のいゝ製糸場の工女たちが わたくしをあざけるやうに歌って行けば そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が たしかに二つも入ってゐる*1 『嵐が丘』という小説がある(以下同書の物語展開を明かしているので未読の方は注意してほしい)。 運命的な二人の…

時にはまことの話を:酒のこと

私のいるところでは急速に、人間に新たな病が広まっている。人知は一面まったく翻弄されながら、ある局面では私の理解の及ばぬその力能を発揮してもいるようで、ずいぶん早急にvaccineが開発され、感染や重症化を抑えるために皆が接種を進めている*1。 その…

『竜とそばかすの姫』が良かった

人に連れられて、細田守監督の新作劇場アニメーション映画『竜とそばかすの姫』を観たら、すごく良かった。 これまで細田守の作品でちゃんと観たことがあったのは『時をかける少女』だけで、これは作品の存在は認識したまましばらく見ないでいたのを、何かの…

しがらみと無責任について

以下の文章を読むと一定数の人は気分が悪くなる恐れのあることをあらかじめ注記しておく。 いつだって自分は死ぬことができる、無責任にすべてを放り出して死ぬことができるという意識が、少なくともある種の人間にとって安心して生きるために必要なのではな…

打ち出の小槌:森林太郎=訳『諸国物語』

【『二重人格』の書評記事を載せたあと、ドストエフスキーではこれも書いてたな、と思い出して転載。転載にあたり一部表記等を修正した。なんだか楽しそうな文章で、公表を(すなわち読者を)意識した社会性が感じられる。途中「これあるがため本特集で取り…

断章

腹に巣食う小鼓が蹴って私を責め苛む。 * 敷陶板(タイル)を裸足で歩く猫がいて、それを目にしたときの感情が、猫への怒りなのか、この猫がいつか酷い目にあうという暗澹たる予想なのか、判別できなかった。 * もうやめよう。私は(我々は)言葉を人のあ…